日本語“Can-Do Statements”と測定・評価
東京外国語大学 留学生日本語教育センター
伊東 祐郎
日本語教師は、学習者の日本語能力を測定するテストを開発する際には、日本語能力がどのような要素から構成されているか十分に理解しておく必要がある。教室内テストであれば、教育目標や学習内容が基礎的参照資料になるだろう。また、具体的に導入した文型や文法規則、単語や文字、漢字などが出題の対象として考えられる。コミュニケーション力の養成を目標に掲げたカリキュラムの場合、具体的なコミュニケーション力を明らかにして、その能力を引き出す手段と課題を検討しなければならない。このような作業を通して、テスト問題の内容と出題形式は決まってくる。
最近の外国語教育では、テスト結果から得られる得点を具体的な能力の解釈として活用できるよう、得点に対する意味付けをこれまで以上に重要視するようになってきた。正答数を合計して算出した得点を提示するだけでは、日本語能力の弱点と優れている点を把握するのはむずかしい。単純に得点という数字を提示するだけでは、満点に対する獲得点数、あるいは達成度しか把握することができない。これでは、点数という数字による情報やその管理のみで終始してしまい、テスト利用者である受験者や結果の使用者などには限定的な情報しか提供できないことになる。そこで、得点に対して、意味ある解釈ができるよう、尺度を設け、それぞれの尺度に対応した知識や能力の特徴を記述した言語能力記述文(以下“Can-Do Statements”と称す)が提示されるようになってきた。
“Can-Do Statements”は、コミュニケーション活動にかかわる能力が言語化されたものである。言語能力の構成概念を外的な社会的機能に焦点を当てて、現実的でより観察可能なものとして捉えようとしたところに特徴がある。最近のスタンダード(CEFRやACTFL Guidelinesなど)では、社会学的な観点から新たなコミュニケーション能力のモデルを提示し、教育の方法や評価のあり方への枠組みに新たな解釈の基礎を提供しようとしている。
本講演では、“Can-Do Statements”によって、学習目標と言語行動に一貫性を持たせた教育目標の設定や、教育内容と整合させたテスト作成の実践例を紹介する。あわせて、“Can-Do Statements”が学習者にとって学習目標の明確化に機能している点や、異なる外国語間での能力の枠組みを比較理解する上で役に立っている点等、その可能性についても触れる。
「どう使う? JF日本語教育スタンダード」
近藤裕美子(国際交流基金パリ日本文化会館)
日本語学習者の多様化や言語教育全体のパラダイム転換など日本語教育を取り巻く環境が変化する中、JF日本語教育スタンダード(以下、JFスタンダード)は、「相互理解のための日本語」を基本理念とし、開発が進められてきた。そしてその開発にあたって、ヨーロッパ言語参照枠(以下、CEFR)の理念、枠組み、開発・運用のあり方が参照されていることは周知のとおりである。
JFスタンダードの開発過程では、CEFRの日本語教育への有効性と課題の検証が国際交流基金内の教育現場において進められ、2009年にはJFスタンダードの理念とともに『試行版』という形で公開された。それに続き2010年3月に発表された『JF日本語教育スタンダード2010』では、その理念を教育実践の中で形にしていくためのツールとして「みんなの「Can-do」サイト」を提供するとともに、学習成果の評価のツールとして「ポートフォリオ」を提案している。
一方、欧州の日本語教育の状況を鑑みると、多言語環境の中で日本語を位置付けていくためには、他の言語同様CEFRという枠組みで日本語教育を捉えていかざるを得ない状況と言える。そして個々の教育現場ではCEFRを日本語教育にとり入れていくための実践が求められつつあり、CEFRと日本語教育を結び付けることに現場の教師の大きな関心が向けられている。それは、ここ数年欧州の日本語教育関係のセミナーや教師研修会でCEFRがテーマとして取り上げられていることからも言える。
このような状況の中、CEFRにもとづいて開発されたJFスタンダードは欧州の日本語教育、特に実際の日本語教育現場に何らかの影響を与えることができるのだろうか。
本発表では、欧州で日本語教育に従事する教師の立場からJFスタンダードをどのように活用できるのか、つまり「道具的な視点」からJFスタンダードを捉えていく。具体的には『JF日本語教育スタンダード2010』の概要を説明し、言語によるコミュニケーションの捉え方を分かりやすく表した「JFスタンダードの木」や「みんなの「Can-do」サイト」を中心に紹介しながら、コースデザイン、授業設計、評価など日本語教育実践の中でのJFスタンダードの可能性を考えていくきっかけを提案したい。
<参考資料>
国際交流基金(2009)『JF日本語教育スタンダード 試行版』
http://jfstandard.jp/publicdata/ja/render.do(2010年4月14日参照)
国際交流基金(2010)『JF日本語教育スタンダード 2010』
<a href=”http://jfstandard.jp/top/ja/render.do(2010年4月14日参照)”>http://jfstandard.jp/top/ja/render.do…0年4月14日参照)</a>
Relier l’évaluation de la compétence en langue au CECRL
Claire Bourguignon
Maître de conférences HDR en didactique des langues
IUFM de Haute Normandie
A l’heure où les niveaux de langue attribués dans le cadre d’examens scolaires ou plus largement dans le cadre de certifications, sont tous reliés aux niveaux du Cadre européen commun de référence pour les langues, il peut paraître surprenant d’avoir choisi comme thème pour cette conférence « Relier l’évaluation de la compétence en langue au CECRL ».
C’est précisément cette focalisation sur les niveaux du CECRL qui va être questionnée ici. L’intérêt que représente le CECRL pour l’évaluation doit-il être réduit à ses échelles de niveaux, activité langagière par activité langagière? Peut-on dire qu’un outil, ou une démarche d’évaluation, est en adéquation avec le CECRL dès lors qu’un résultat est traduit en niveaux?
Nous allons montrer qu’au-delà des niveaux proposés , l’intérêt essentiel du CECRL pour l’évaluation de la compétence en langue repose sur la perspective annoncée, la perspective actionnelle, et les concepts clés qui la définissent. A partir de là, nous présenterons les caractéristiques d’une démarche d’évaluation de la compétence en langue telle que la définit le CECRL. Enfin, nous illustrerons notre propos de manière concrète à travers un dispositif d’évaluation qui se situe résolument dans la logique actionnelle.
At a time, when most tests are linked to the Common European Framework of Reference through its common reference levels, it may seem strange to choose « linking the evaluation of language competence(s) to the CEF » as a topic for this conference.
Yet, it is the hegemony of the Common reference levels which is going to put into question. Should the interest of the CEF only lie in the reference levels that are used for each language activity? Can it be said that evaluation is adequate to the CEF ‘s approach only if the test results are translated into reference levels?
We are going to show that, besides the levels, the main interest of the CEF for the evaluation of language competence(s) lies in the actionnal approach and its underlying concepts. This will allow us to explain what evaluating language competence(s) in relation to the CEF really means. We’ll then end up presenting an evaluation device that is truly appropriate to the CEF’s approach.
ワークショップ
新しい「日本語能力試験」について
-受験者に改定のポイントをどう伝えるか? -
近藤裕美子(国際交流基金パリ日本文化会館)
1984年に始まった日本語能力試験は、2005「日本語能力試験改善に関する検討会」の設置以降、改定に向けての検討・作業が進められてきたが、2010年度より新しい「日本語能力試験」(以下、新試験)が実施されることになったi。それにともない新試験の概要・ガイドブック・問題例集がウェッブ上で公開され、書籍として出版されるなど新試験に関する情報提供が進められている。また、新試験の受験を考えている日本語学習者、そして指導する教師たちの関心を高まっており、今年度の新試験実施に向けてその傾向はますます強くなっていくだろう。教師が学習者に「試験はどのように変わるのか、どんな準備をすべきか」という情報提供を求められる機会が増加することが当然予想される。
新試験に関する情報は上述のように入手可能であるが、情報が公開されてから数か月しか経過していないため、現段階では各教師が、新試験が具体的にどのように変わるのかを学習者に説明したり、新試験の準備・対策のためのコースを実施したりできるほど詳しく理解しているとは言いがたい。
そこで、本セッションでは、各教師が新試験に関して理解を深め、受験予定の学習者に必要な情報提供ができることを目標としている。そのため、発表者からの一方的な情報伝達型でなく、参加者がグループで相談しながら考えたり試験問題を実際に解いて分析したりするなどの活動を取り入れた参加・体験型のワークショップを行う。具体的なセッションの構成は、以下のとおりである。
Part1 新試験改定のポイント(旧試験と比較して)
Part2 受験者の質問に答えられますか?
Part3 試験問題分析-課題遂行能力って?(新しい形式の問題を中心に実際に問題を解きながら、新試験が測ろうとしているもの(各問題のねらい)について考えます。)
本セッションを通じて新試験への理解が深まることを期待するとともに、新試験の準備・対策に留まらず、課題遂行能力とは何か、どう測るかを各参加者が考え、その視点を授業実践に採り入れていくきっかけとなれば幸いである。
<参考資料>
日本語能力試験公式ホームページ 新しい「日本語能力試験」ガイドブックと問題例集 http://www.jlpt.jp/j/about/new-jlpt.html(2010年3月7日引用)
国際交流基金・日本国際教育支援協会(2009)『新しい「日本語能力試験」ガイドブック 概要版と問題例集 N1, N2, N3』凡人社
――――――(2009)『新しい「日本語能力試験」ガイドブック 概要版と問題例集 N4, N5』凡人社