漢字のはなし11 松本牧
和語と漢字
中国から漢語が伝わる前から日本で使われていた古い言葉を和語といいますが、和語は文字を持たない言語でした。日本人は中国の文字を借用して、もともとあった和語に漢字を当てたわけですが、和語とその当て字の漢字の間には、両文化の似て非なる違いが表れています。
たとえば和語の「あを」と漢字の「青」。まず漢字「青」の音読みは「せい」ですが、字の上の部分は「生」とほぼ同じ形で「せい」と発音が同じところから借りてきたものです。下の部分は、旧字「靑」を見るとわかるように「月」ではなく「丹」という硫黄と水銀を化合した鉱物を表しています。丹は「賢者の石」ともいわれ、不老不死の仙薬とうたわれた漢方薬の成分として、また絵の具の材料として採取されていたそうです。ちなみに丹は赤い色をした鉱物です。漢語の丹青(たんせい)は赤と青の絵の具、転じて色の配合や彩りを意味しています。また韓国語で丹青(단청)といえば寺院や宮殿などの重要木造建築に描かれる彩画を指しています。このように、漢字の「青」が、丹の作り出す神秘的な色彩を表す言葉であるのに対して、古代日本語の「あを」は、漠然としてとりとめのない色調を表していました。吉田金彦「語源辞典」によると、「あを」はタデ科の植物の藍(あい)からの変化ではないかと言っています。藍は飛鳥時代以前に中国から渡来した植物で、外国産の合成染料が輸入される明治時代まで、おもに関西地方で盛んに栽培されていました。天然の藍染めは、うすい鼠色から紫色まで48色もあることから、「あを」は、広い範囲の中間色を表しているといえます。たとえば馬の毛色の「青毛」は、かなり黒っぽい色を表しています。「青白橡(あおしろつるばみ)」という装束の色は、灰色がかった黄緑色のこと。また「青竹」「青田」や「青柳」などの「あを」は、色というより「若芽を吹いた鮮やかな」様子を表しています。さらに「青くさい」は「青草」のような匂いがするという意味の形容詞で、江戸時代の俳人たちは「青くさき匂ひ」は、生々しくむっとするいやな匂いと捉えていたそうです。その青臭さが後に、未熟な果実の比喩として、子供っぽい言動や未熟な考え方をも意味するようになりました。若くて未熟な侍を「青侍」、若いばかりで経験の乏しい青年を「青二才」というのはこのためです。このように「あを」は、漢語の「青」の神秘的な美しさよりも、若さや若気を表す形容詞として、非常にたくさんの複合語を持つようになりました。
「幸」と「しあわせ」の間にも面白い違いがあります。漢字の「幸」は象形文字で、手枷(てかせ)の形を表しています。手枷は今でいう手錠のことで、悪いことをした人に刑罰を与える道具ですから、不幸の象徴のようにみえますが、「常用字解」によると、手枷で済む程度の軽い罪は重い刑を免れたということだから、幸運だと捉えるそうです。岩波漢語辞典も「執」が手枷をはめる人(執行人)の象形文字で、「幸」はそれを免れた様子と解釈しています。つまり「幸」の漢字は、刑罰を免れたという意味で、とくに「運」や「福」を伴って熟語として使われています。一方、和語の「しあわせ」は文語「する」の連用形「し」と「合わせる」から作られた言葉で「めぐり合わせ」の意味がありました。「しあわせがよい・しあわせがわるい」あるいは「しあわせ次第」などという表現で、良い意味でも悪い意味でも使われたそうです。ちなみに広辞苑の見出し語「しあわせ」は「仕合せ」と「幸せ」の二つを別々に立てています。「仕合せ」は、まさに和語から来た「めぐり合わせ・なりゆき」のことで、「幸せ」は漢語起源の「幸福・幸い」とあります。このことから、今も日本語の「しあわせ」が、幸不幸と必ずしも割り切れない、あいまいな感覚であることがうかがえます。
漢字の「優しい」と和語「やさし」の間にも、大きな違いがあります。まず「優」の作り「憂」は人が喪に服してたたずむ姿を象徴しています。葬儀の時、死者の家族に代わって儀式を行う人を優といったそうです。ゆったりとやわらかなことを「優柔(ゆうじゅう)」といいますが、これはぐずぐずとして決断力がない意味でも使われています。一方、和語の「やさし」は「痩せる」の意味の動詞「やす」の未然形に「し」がついて、形容詞化した言葉です。身もやせるような心苦しい様子を表して、平安時代には「気が引ける」「周囲に気を使ってつつましい・控え目な」という意味で使われ、中世から江戸時代にかけて次第に「けなげな」「情が深い」「心やさしい」となったようです。「優女(やさおんな)」はしとやかで美しい女性、「優男(やさおとこ)」は風流を解するみやび男のことで、「優柔不断な」という悪い意味は辞書には見当たりません。つまり「やさし」はあくまでも優美を表し、「憂」とは区別して使われています。
このように語源をたどると、ひとつの言葉の中にある漢語と和語の文化的な側面がくっきりと浮かび上がります。とくにものの様子や性質を表す形容詞は、それぞれの語の成り立ちや歴史によって多義性に富んでいます。毎日たくさんの漢字を覚えなければならない日本語学習者も、たまにはこんな風に、和語からできた言葉をひらがなでたどってみる時間があってもいいかもしれません。
会員からのおすすめ書籍など
ことばドリル
(お便り係 小柳津えり)
今回ご紹介したいのは、NHK for schoolのコンテンツ「ことばドリル」です。こちらは小学校低学年向けのものですが、10分くらいの動画で、形の類似しているひらがなやカタカナ、長音や拗音、促音のルールを説明しているものです。回数が進むと形容詞なども出てきます。
動画自体は初級の日本語学習者には難しいと思いますが、サイトではワークシートなどが提供されています。教え方のアイディアとして参考にしたり、部分的にワークシートを使用したりすると、お役に立つこともあるかもしれません。カタカナのシ・ツ・ソ・ンは書き方の動画もあります。「ハ『ソ』バーグ」はディクテで目にしたことが幾度もあり、「頭の痛い問題だ」、と資料を見ながら思いました。皆様はどの様な工夫をしていらっしゃるでしょうか。
ことばドリル | NHK for School
https://edu.web.nhk/school/kokugo/drill/
にている かな | ことばドリル | NHK for School
https://edu.web.nhk/school/watch/bangumi/?das_id=D0005150191_00000